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2001年02月11日

平原<Heigen> [ ファンタジー | 長編 ]

Deco著 【kanan

 成長の物語だと思う。成長の物語を描くのは難しい。読者とは年齢も性別も考え方も違う多種多様なもので、当然、深い共感を与える作品は同時に深い拒絶をも与えかねないからだ。そんな中で、この「平原<Heigen>」はより多くの読者に共感を与え、時に存在する拒絶をも「でも、人生ってそういうものだよね」と納得させてしまえる作品だと思う。

 最初に文章を読み始めた時、面白い構成だなと思った。序盤は登場人物のポートレートとも言えるような構成で、それは、一枚の大きな紙に鉛筆でゆっくりと一人ずつ描かれていく過程を眺めているようだ。ラフな下絵に次第に色が塗られ、不意に人物が鮮やかさを増した途端に、物語は前に進み始める。そして、彼らとの別れもまた、ゆっくりと色が消え、その紙の中にある「平原<Heigen>」の世界から他の場所へ旅立っていく。不思議と私の中で、その旅立ちに悲しみや不満がない。ただ、「そうあるべきだ」とも感じられる必然が、私の中にある。
 ただ唯一私の中で悲しみがあったのは主人公『剣』の対比者として登場する『春水』だろうか。それは『春水』の美しさや立場に惹かれたのではなく、「平原<Heigen>」が『剣』の物語である以上、彼に与えられたスペースが彼を語るには少なすぎたからだ。

 「平原<Heigen>」は剣という一人の青年(実際は『猫』なのだが)を軸として、多種多様な立場と考えをもった登場人物達が織り上げる闘争の物語だ。
 『闘争』なんていう言葉を使うと物騒かなという気になってしまうけれども、それ以外に私には明確な言葉が出てこない。彼ら登場人物は全員、生きること、死すること、愛することへの闘争を繰り返す。彼らは漫然と『生きている』状態ではなく、常に能動的に生きようと欲し、愛そうと欲し、その欲求のためならその代償が死であってもひるむことはない。その姿は、日常の私達にもある一面ではあるけれども、私たちは多くの物のに縛られすぎていて、平原の住む彼らのように純粋に生きる事が出来ない。
 私は、闘争の物語が好きだ。――というか、物語を読み進め読解していく作業中に、『闘争』という生き物が潜在的に持っている一つの自己発現の形を当てはめて、読み解いていくことが好きなのかも知れない。

 私は炎を長時間見つめつづけた事がある。不思議なもので、炎というものは見つめているうちに何か厳粛で不可思議な、突き放され自分自身に否応なく考えをめぐらせずにはおかないような、そんな気持ちになる。矢継ぎ早に問い掛けられる。それは私自身に問い掛けられる最も原始的な質問だ。
 ――お前は闘っているか。
 まるで、初めて火を使うことを覚えた原始の民のように、炎そのものが一つの意志をもっているかのようにさえ思える。試してみるといい。部屋を暗くして、ライターを灯してじっと炎を見つめてみると、嫌でも何か問い掛けられる。その問いは、おそらく、生きていく上で一番譲りたくない自分の生き方の根本に対する問いかけか、今、一番心を悩ませている問いかけだろうと思う。
 そう、私にとって生きることは『闘争』である。でかい壁にぶち当たって砕け散っては復活し、また性懲りもなくぶち当たって行くのが私の生き方で、それが私の本質なので、私の問い掛けは常に「闘っているか」というものなのだ。

 「平原<Heigen>」はそういう炎を見つめる物語だ思う。冒頭と最後に出てくる『篝火』は、彼らの社会の中心であり祭事の中心であると共に、彼らの魂の中心にある。そこに炎が燃えている限り彼らは死なないし、彼らの暮らしは絶えないし、彼らの世界も終わらない。「平原<Heigen>」はそういう物語だ。

 私的ツボ度:★★★★★

Posted by 風間 : 2001年02月11日 00:00 | トラックバック