2001年02月01日
謎 [ 現代小説 | 短編 ]
鈴子著 【Strange Hours】
「謎」は原稿用紙に換算すると6枚の掌編である。他にも短編集や中編などもあるのだが、私は何故かこの作品に惹かれた。好みの問題なんだろうなと思う。
もちろん、他の作品が面白くないわけではないのだけれど、イマイチ乗れなかった。理由は、どちらかというと心情を語るのが得意な、女性に多いタイプの方のような印象がしていて、その文体が、肉体的な動きや能動的な精神の動きを描く――あらゆる意味でのアクションシーンとでも言えばいいのかしら――時に、少し摩擦係数が大きくて勢いに乗れないような印象を受けてしまったせいだろうと、思う。たぶん。自己分析してみると。
人の気持ちを表現する、その切り口はとても美しいので、もしかしたらそれを私が引きずり過ぎたせいかもしれない。
「謎」はたぶん、少し大人になった人物なら誰しも感じた事がある感情が綴ってある。
結婚しているしていないに関わらず、定期的に誰かのために家事をしていて、しかも、そんな自分がなんだかちょっとどうでもいい人間であるかのような気持ちになってしまったことのある、人生って夢ばっかりじゃないんだと思うようになったちょっと大人になった女性には(条件が多いなぁ;)覚えがある感情だろう。
そういう女性の日常的な悩み、と捉えると、以前紹介させて頂いたケイミさま(ケイミさまのページはこちら)と雰囲気的に似ている印象がする。けれど、ケイミさまの文章がより母性的に偏っているのに対して、鈴子さまの文章は女性的だ。
そのため、男性が読んでも共感できることは多いような気がする。たぶん、読んだ人間の多くが「あぁ、あるある、こういうこと。そうなんだよね」と感じるだろう。
実は、私はこの「あぁ、あるある」という感情を嫌味なく表現することはとっても難しいと思っている。
小説というのはフィクションの世界なので、格好良くしようと思えばいくらでもできるし、ドラマティックにしようと思えばどこまででも出来てしまう。そのために、出てくるキャラクター皆深刻なトラウマ持ちになってしまっていたり、展開がドラマティックなだけでそれ以外の面白みがなかったり、といったどこかちぐはぐになってしまった小説を幾つも読んだ事がある。
フィクションだから表現出来ることと、フィクションゆえに表現できなくなっていくことの境目は難しい。
小説の説得力というのは、いろいろなものから生まれてくると思う。それは小説世界の物理法則だったり、民族性だったり、人物のカテゴリー分けだったり、宗教背景だったり心理背景だったりするだろうけれど、私はそこに日常性も入っていると思う。
先に言ったような物理法則や宗教背景などは、知識を蓄えれば何とかなる部分だろうと思うけれど、日常性は常日頃よく周囲を見て、普通忘れてしまうことや見逃してしまうことを大切にする目が必要だろう。それは、テキストがないことだからとても難しいし、とても時間がかかる。
だからなのかもしれない。私が、日常のなんでもない風景の中に潜む、ささやかな感情の動きを切り出した作品を好むのは。
予備校に通っていた時代、地下道の片隅の広場に面した喫茶店兼カレー店で、紅茶を飲みながら、よく、窓の向こうで喧嘩したりイチャついたり、何か真剣に話したりしている人を、いったいどんなドラマだろうと思いながら眺めて過ごしていたことを思い出した。
私的ツボ度:★★★☆☆
Posted by 風間 : 2001年02月01日 00:00 | トラックバック