2000年12月26日
桜梅隗 [ 現代小説 | 短編 ]
瓶井めぐみ著 【閉鎖】
数多くの小説登録サイトで殿堂入りを果たしていらっしゃる方だから、オンライン小説好きの方なら割と知っていらっしゃる作者名ではないかと思う。
この作品は比較的最近書かれた話で、彼女自身があとがきの中で「自由に書きたいという衝動を押さえきれなくなった」と言っている通り、この作品の中には勢いと何か切実な感情が渦まいているように感じる。言葉で置き換えるなら『旬』だろうか。今、この感情の中でしか書けないもの。小説にも書かれるべき時期というものは確実に存在していると思う。
この話の中では幼児虐待のシーンが描かれる。正確に言えば幼児虐待の中でも身体的虐待に相当するシーンである。最近、虐待事件報道件数も多くなり、聞いているほうが怒りさえ湧いてくるような場合がある。これもいい機会なので、少しだけ幼児虐待について私が知っている事についてまとめてみたいと思う。
幼児虐待という言葉と定義が確立されたのは1960年代のことであるので、この問題がいかに表に出てくる事が困難であったかということが理解できるだろう。事実、それ以前においては現在「虐待」と定義されることであっても「躾」だとされ、また、社会的な混乱期には子供を不衛生な状態にしておくしかなく、それを生き抜くことの出来た子供だけが生きる権利を与えられていた。
現在「虐待」という言葉は一般的となったが、未だに一部では「折檻死」という言葉も使用される。これは正確な用法ではないことを知っておかねばならない。「折檻死」とは子供に落ち度があり行き過ぎた躾によって命を落すことであるが、そもそも子供が叱られるようなことをするのは当たり前のことであるので(完璧な子供が居たら、それは逆に不気味だ)、このような加害者側を容認しかねない言葉を「虐待」のシーンに持ち込んではならない。
幼児虐待は4種に分類されている。
身体的虐待:身体に対する暴行によって外傷を生じさせたり、生命の危険さえも与える行為。冬の夜に屋外に締め出す等の行為も含まれる。
性的虐待:大人によって強制される性的暴行。多くが親や親に代わる保護者的な立場の人間、兄弟などである。
心理的虐待:強度の心理外傷を与える行為。この時の心理外傷とは無感動や鬱状態、異常習癖などの異常を示すもののこと。多くは親によって与えられるが、保育園の先生など指導的立場の人間から与えられた外傷もこれに含まれる。
Neglect:栄養不良状態など、親が為すべき子供の保護を怠り、放置すること。
実際には1種だけの虐待という事は少なく、4種の幾つかが複合的に虐待の場面に現れる事が多い。
…さて、なんだか説明にかまけてしまったな。(ここはオンライン小説の感想の場なのでは…/笑)
彼女の書く文章の、私にとっての魅力は「リアルさ」の一言に尽きる。非常に人気のあるファンタジー小説の中にもその「リアルさ」は存在するが、若干「生々しさ」に傾いているように感じる。私はファンタジーの中に垣間見える生々しさも嫌いではないが、心情の吐露が形作る「リアルさ」よりも、何気ない淡々とした事実関係の告白の中に潜む「リアルさ」の方により強く魅力を感じるようだ。多分、感情吐露による「生々しさ」は、ある限界点を越えるとデコラティブに感じられてしまうせいなのだろう。反面、この作品のように淡々と語られた言葉を読んでも魅力を感じられないという人も居ると思う。それは好みの問題だから。
私はこの作品は不特定多数の読者に対して綴られた言葉ではなかろうと感じている。彼女はある一部の読者を想定して(特定の誰か、ということではない。読者層や読者のタイプという意味である)書いたか、そうでなかったら、ただ純粋に「書きたいという衝動」によって書いたのだろうと感じている。
かつて「虐待」に似た行為を経験した人間と経験していない人間が読んだら、この作品から感じられる印象は大きく異なるのではないだろうか。
この作品には「私」という一人の女性の過去が描かれる。そこには飾られる言葉もなければ、鮮烈な感情の吐露もない。ただ、淡々と事実が描かれていく。少女であった「私」の心の動きも不必要に飾り立てられない。また、大人となった「私」が幼少期の体験を乗り越えたのかトラウマとしてしまったのか、そこに救いがあったのかどうかさえ曖昧に描かれる。
変な言い方だが、私は救いが描かれないからこそこの作品が好きだ。そして、この作品の中の「私」は救われていると信じている。
救いの形は人それぞれであり、誰かにとっての救いは他の人間にとっては無意味なことだったりする。事実、生きていてさえも、与えられた救いが救いであったと気付く事が出来るのは稀な事であり、絶えず救われていながら未だ救いの手を望んでいるような所が、人には少なからずある。
強制的に私自身に理解できない救いを与えられるよりも、いっそ語られない言葉としての救いを行間に匂わせてくれる方が好きだ。
私的ツボ度:★★★★★
Posted by 風間 : 2000年12月26日 00:00 | トラックバック